寝取られ夫婦の妊活1

 

最近、巷で聞かれるようになった「妊活」という言葉を聞いてドキッとするのは、たぶん私だけではないのではないでしょうか。

よく似た言葉として「婚活」というものもあり、すっかり定着しています。

就職活動を略して就活というのはわかります。けれども私達が結婚して籍を入れた頃にはまだ婚活という言葉はなかったか、あっても新しい言葉だったように思います。婚活という言葉は、結婚という人として大切な事柄を、なにか経済的な活動や、より条件のよいものを探す物件探しに置き換えている感じがして、あまり良い言葉のように聞こえません。

 

そして、最近になって聞かれるようになった妊活という言葉は、それ以上になにか本来とはかけ離れた言葉のように聞こえて違和感を覚えます。

本来であれば夫婦が子供を作るための活動は、夫婦の寝室で行われるプライベートな行為のはずです。けれどもこの妊活という言葉は、そのプライベートな行為以上の何かを想像してしまうからです。もちろん、それには妊娠しやすい体づくりや健康管理、場合によっては不妊の治療なども含まれるのでしょう。けれども就活や婚活という言葉のイメージのせいか、まるで不妊の原因が夫にある新妻が、手当たり次第に条件の良さそうな男性とセックスして精子の提供を受ける活動のような想像をしてしまうのです。

 

そしてそうした言葉の印象とは別に、それとは違うもうひとつの理由でこの妊活という言葉に、私はドキッとしてしまいます。それは、私と真悠子の「妊活」は本当にそういった想像のとおりの、とても人に言えないような内容の行為だったからです。そして私達はその行為のことを二人の間で「ラブ活」と呼んでいました。だから妊活という言葉を初めて聞いたとき、まるで私達が夫婦でしていたことを世間に知られてしまったような気がして、思わずドキッとしたのです。

 

私と真悠子がいわゆるできちゃった結婚の形で結婚し、娘の早紀も2歳になると、私達はもう一人子供を作ろうということを話すようになりました。その理由はもちろん、周囲には秘密ですが、早紀は本当は私の子供ではなく、真悠子が他の男性と結ばれてできた子供だったからです。なので夫婦としては当然のことですが、今度こそは正真正銘、私と真悠子の子供を作りたいと思ったのです。

けれども夫婦の寝室で二人だけの隔てるもののないセックスをし、ひと月、二月、そして半年がたっても真悠子が妊娠しないことがわかると、私達の中で何かが次第に変わってきてしまいました。

 

私達はもともと恋人時代から、真悠子を他の男性に抱いてもらうプレイを何度も経験してきた寝取られ性癖のカップルです。結婚前にはすでに真悠子の男性経験の人数は30人を越えていたのです。

私達は結婚を決めた頃、そのような他の男性を交えたプレイをやめて、普通の夫婦として結婚しようとしていましたが、結局運命は私達をもてあそび、偶然や不運も重なって真悠子は他の男性の子供を妊娠し産むことになりました。

私達の娘の早紀は、前にもお話したとおり、誰もいない空き家の中で真悠子が4人の作業員の男性に犯されてできた子供なのです。

 

私は真悠子が妊娠しないのは、私が真悠子を女としてセックスで感じさせることが出来ないからではないかと思っていました。

そして、早紀が2歳になったこの時も、私は真悠子が妊娠させられてしまったあの夜のことを、誰もいない空き家で真悠子が4人の男性とセックスをした様子を思い出して、そのことを真悠子に話しながら、興奮と嫉妬でいっぱいになってオナニーをしていたのです。

 

他の男性たちとの寝取られセックスを思い出しながらオナニーする時、私達はいつも同じ格好になります。真悠子はベッドの上にうつぶせになってこころもちお尻を突き出し、身体の下から自分の股間に手を伸ばします。そして私は真悠子のスカートをめくり、白い下着に包まれた真悠子のお尻のふくらみを見ながら、ベッドサイドで自分の股間をしごくのです。真悠子はオナニーしながら下半身をくねらせ、その様子に私は興奮し、私の視線は真悠子の股間に釘付けになります。

私は真悠子の名前を呼び、真悠子が他の男性と交わしてしまった数々のセックスを思い出し、それを何度もうわごとのように繰り返し、真悠子は男性達とのセックスが気持ちよかったことを告白します。「いっちゃう、いっちゃう」と真悠子が叫び、恍惚の中で私達は二人とも達してしまいます。

そしてこの寝取られセックスを思い出しながらのオナニーは、はっきり言って、二人で普通のセックスをするよりも気持ちが良かったのです。

私達が夫婦の「妊活」を始めた頃は毎日のようにセックスをしていたのに、それが週に3度、2度、と減っていき、代わりに夫婦で行うこの秘密のオナニーの回数が増えていくと、妊活をはじめて7ヶ月後にして私達はついに夫婦二人の妊活を踏み越えた「ラブ活」を始めてしまいました。

 

それは私達が、寝静まった早紀を置いてこっそり抜け出すようにして繁華街のバーに出かけたことから始まりました。それはハプニングバーと呼ばれる場所で、そして夜が明ける前に帰宅するために拾ったタクシーの中、真悠子の股間の中には私ではない一人の男性の精液がありました。ハプニングバーと呼ばれる場所で、何人ものギャラリーに見守られながら真悠子は3人の男性を順番に受け入れ、そのうち2人は膣外射精でしたが、ギャラリーの去った後、最後まで残った男性が真悠子の中に遂げました。それは結婚後初めて真悠子が私以外の男性を受け入れた夜であり、そして真悠子が早紀を妊娠したあの日から、3年ぶりに真悠子の子宮に私以外の男性の精液が発射された夜でした。

そして私達はまるでクラブ活動をするように定期的にそのバーに通うようになり、そのことを「ラブ活動」と呼ぶようになりました。結婚後3年目にして私達夫婦が交わるセックスはほとんどなくなり、代わりに夫婦の秘密のオナニーと、他の男性と真悠子が行う「ラブ活」が、私達の下半身の営みになりました。

 

二人目の子供を作ろうと話していた私達の寝室でのピロートークは、いつの間にか真悠子と見知らぬ男性とのセックスの話題にすり替わり、そして真悠子が他の男性とのセックスによって妊娠してしまうことが、私達夫婦の間で公認になりました。

ピロートークで興奮してしまうと、私達はお互いのものを口で愛し合い、私は真悠子の口の中で果てることが気持ちいいと思うようになりました。

こうして気が付けば私達の「妊活」は、夫の精液を隣にいる妻の子宮の中に入れる作業ではなく、夜更けに家から出かけていって真悠子の子宮の中に見知らぬ他人の精液を注入してもらう活動になってしまっていたのです。

 

それは、18歳の時に将来を誓い合いながらも、21歳の時に真悠子が遊び人の男性にホテルに連れ込まれてしまって以来、真悠子のセックスの「初めて」をすべて他の男性に奪われてきた私と、奪われることの快感と優越感に浸ってきた真悠子には、お似合いの夫婦生活だったのかもしれません。

そして「ラブ活」を始めて以来、7ヶ月私とセックスして妊娠しなかった真悠子は、ものの2ヶ月で二人目の子供をみごもり、望んで他人の子供を妊娠した私達は本当の寝取られ夫婦になりました。それは私と真悠子が27歳の時でした。

 

真悠子の第二子であり、私達の長男である智樹の父親が誰であるのかは、またこの後でお話したいと思っています。真悠子はラブ活動の最中に何人もの男性とセックスをしているので、智樹の本当の父親が誰なのか確証はないのですが、それでもおそらく二人の男性のうちどちらかだろうということはわかっているからです。

 

私は子供が好きです。

真悠子が私以外の男性と結ばれてできた子供である早紀と智紀のことも心から愛しています。

子供たちを見ると、子宝という言葉は本当だと実感します。

 

智樹が生まれた後にも、インターネットを通じて私達は男性と関係を持ち、真悠子の男性経験の人数は80人を越えました。

それは基本的には安全日や、ピルを飲んだ上での避妊を前提としたプレイです。

けれどもいろいろな事情が許せば、私達はもう一人子供が欲しいと思っています。

それは子供が好きという以外にも、真悠子と一緒に行うこの「妊活」の興奮と快感を知ってしまったからかもしれません。

 


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