駐車場で妊娠した真悠子 (前編)

 

寝取られ夫の昌志です。

先日お話したように、真悠子と私が「妊活」ならぬ「ラブ活動」を行うようになって、3ヶ月が経つ頃、真悠子は妊娠しました。

 

前回書いたように、私と真悠子は第二子を作るにあたって、避妊をせずに愛し合っていましたが、半年以上たっても真悠子は妊娠しませんでした。その事に落胆したり、不妊を疑って悩むよりも、私達はむしろ過去に経験したセックスや、プレイのことを話すようになり、次第に私は以前から感じていた誘惑に勝てなくなっていきました。それは、結婚前に私達が何度も体験してきた、本当に二人が気持ちいいセックスの誘惑です。

結婚後ずっと封印してきたそのセックスについて二人の間で話すようになると、それから次第に私たちの「妊活」は変わっていってしまいました。私は自分でするオナニーの回数が増えるかわりに真悠子とのセックスの回数が減っていき、そして気が付けば私達はいつしか、結婚前の恋人時代に経験していた他の男性を交えてのプレイを再び行うようになってしまったのです。

 

プレイと言っても、相手の男性はお互いに名前も知らない行きずりの男性で、何の責任も負う必要のない状況です。相手の男性たちは自然と、真悠子の中で最後まで行為を遂げていきます。男性にとってはそれは快感のままに行ったただの欲望の処理かもしれません。けれどもたとえ男性側が自覚していなくても、真悠子と男性がしているのは隔てるもののない本物のセックスで、男と女が結ばれて子供を作るための生殖行為なのです。

過去にも何度も寝取られプレイの経験を持ち、そして他の男性によって妊娠させられた経験のある私たちは、寝取られ好きな変態のマゾ夫婦にふさわしい性癖の中に自ら踏み出してしまいました。私たちの「妊活」とは夫婦でセックスをすることではなく、夜な夜な出かけていって真悠子の子宮の中に他の男性の精液を注ぎ込んでもらう活動のことだったのです。

まだ妊活という言葉も一般になかった頃、私たちはそれを「ラブ活」と呼んでいました。

 

そしてこのラブ活によって、私達は二番目の子供である智樹を授かりました。たった3ヶ月足らずの「ラブ活動」の間に、私たちは3度、ハプニングバーという場所に行き、2度、真夜中の野外でのセックスを経験し、そして一度、年上の独身男性の自宅で一昼夜を過ごしました。そして、真悠子は述べ7名の男性と本番のセックスをして、3ヶ月後には真悠子のお腹の中に智樹がいたのです。

最初の一ヶ月、ハプニングバーで4人もの男性の射精を受け止めながら真悠子が妊娠しなかったのは、タイミングのせいもあるかもしれませんが、真悠子の女体のリズムや体調のせいもあったかもしれません。私との夫婦のセックスでは妊娠しなかった真悠子の身体は、他の男性たちとの刺激的でエロティックな行為を重ねていく中で、女として妊娠する準備が出来ていったのでしょう。

 

「ラブ活動」の3ヶ月目に、私たちはインターネットで知り合った40代の独身男性の自宅に招かれ、そこで一両日を過ごしました。真悠子はその一日半の間ずっと服を着ることはなく、真悠子の中には男性のものが何度も挿入されましたが、それはちょうど真悠子の生理が遅れていた頃、おそらく既にもう真悠子が妊娠した後と思われるタイミングでのことでした。

ですから、真悠子が男性と結ばれ、智樹を身ごもったのは、「妊活」二ヶ月目の後半に行った、野外でのセックスの可能性がいちばん高いのです。夜の川原の公園の近くの道路で、私達とたまたますれちがっただけの男性が、30分後には真悠子のパンツを下ろして真悠子とひとつになり、真悠子を妊娠させて智樹の父親になったのです。私達は一週間の間に二度も、そんな経験をしてしまいました。夜の川原近くで真悠子とひとつになったその二人の男性のうちどちらかが、真悠子と肉体的に結ばれて、真悠子に智樹という子供を産ませたのです。

 

今日はその、真悠子が妊娠することとなった野外セックスの体験についてお話したいと思います。

 

その夜、真悠子はヒョウ柄のパンツを履いていました。

正確に言えばそれはパンツではなく、水着なのです。

私が、真悠子のセクシーな姿が見たいと思い、また挑発的な姿で男性達の視線を浴びる真悠子のことを想像して、新婚直後の頃に私が買ってきたものでした。

 

当然ながら真悠子は普段はそんな派手な下着はつけません。

けれどもこの夜は、私達にとっては少し特別な、言ってみれば「よそ行き」の夜だったのです。

初めてのハプニングバーに行き、私達は結婚後初めて、他の男性に真悠子の身体を触らせてしまいました。

そしてそれ以来、何度もその場所に通い、真悠子の子宮の中には二人、三人、そして四人と男性の体液が注ぎ込まれ、私達は結婚前に一時期はまっていた、他の男性を交えたプレイというものに再び目覚めてしまっていました。

 

私達は、寝取られカップルであり、寝取られ夫婦です。

お互いが21歳の時から、真悠子は私が見ている前で知らない男性に抱かれるということを何度も行い、そしてそれを二人とも快感に感じていたのです。

結婚と前後して、プレイから遠ざかっていた時期が前後して述べ3年ほどありましたが、それは性癖が治ったわけではなく、実際は私の中には常にその禁断の願望がうずいていたのです。

私が結婚してすぐ後の時期に買ったこのヒョウ柄のビキニの水着がその良い証拠でした。

 

この挑発的で、露出度の高いセパレートの水着は、私自身が真悠子のセクシーな姿を見たかっただけでなく、私は他の男性の手によってその水着が脱がされるシーンを想像して、その光景が現実になることを密かに期待して買ってきたのでした。私達が式を挙げて夫婦になった時、既に真悠子は妊娠4ヶ月目でしたが、私ではない男性に妊娠させられて次第に膨らんでいく真悠子のお腹に、私は今まで以上に女としての真悠子を感じ、興奮していたのです。

そのヒョウ柄の水着は、それからしばらく真悠子のお腹がふくらんで水着を着れなくなるまで、私と真悠子の夫婦の時間の小道具となり、私は真悠子が水着を脱がされるところを想像しながらオナニーをして妊娠中の欲求を満たしていました。

けれども早紀が生まれてしまうと私達は忙しくなり、またインドア派の私達は結局海に行くことはなかったので、真悠子がそのセクシーな水着を着た姿が男性の目にさらされることはありませんでした。

 

その日、私が真悠子に、夜の川原を歩いて男性がいたら声をかけよう、という相談をすると、真悠子は下着を選び出し、そして私はなぜかこのヒョウ柄の水着のことを思い出して、真悠子に着せてみようと思ったのです。

いくら、結婚前に何度もいろんな男性とのプレイの経験があると言っても、夜の町で、知らない男性に声をかけて真悠子にエッチなことをしてもらうなんて、いったいどんなことを言って、どんなふうにすればいいのか、私達にはわかりませんでした。

怪しまれてしまうかもしれないし、もしかしたら危険な目にあうかもしれません。

だから、あれこれと考えて、いろいろなことを想像する中で、私はこのヒョウ柄のパンツが役に立つのではないかと考えたのです。

 

真悠子は、基本的におとなしく、学生時代には成績も良かった優等生タイプの女性です。

セックスや性行為についても受け身で、相手のすることを無抵抗で受け入れてしまうタイプです。

けれども、本当は真悠子は身勝手でスケベな女なので、セックスに関しても、自分からは言いませんが、相手の男性も私のことも、自分の願望の通りにしむけようとします。そして、私のことを好きだと言いながらも、私のことを都合のいい男としてキープしつつ、本当にセックスをしたいと思う男性については、私が居ても構わずに無言でアピールして、抱かれようとするのです。

そんな真悠子の性格と、わがままで利己的な下半身の性格も、私はわかっています。

 

けれども、この「妊活」の時期、私と真悠子の間で、お互いに他の男性を交えたセックスがしたいのだということは、夫婦の間の了解事項になっていました。

だから、ハプニングバーに何度も通った後、私が夜の町で露出や、エッチな行為や、男性をナンパしようと言っても、真悠子は怒ったり、ケンカになるようなことはなく、この時も真悠子は「えー、ちょっと恥ずかしい」と言っただけで、内心はドキドキしている様子を隠さず、しぶしぶといった様子で着ていく服を選び出したのです。

 

私達の住んでいる近く、家から2キロほど歩いたところには、川がありました。

そしてその川沿いに、公園や、テニスコートや、広場になっている場所がありました。

そしてその近辺は、畑が多く、民家もまばらな場所や、工場が何軒か立っているだけの場所などがあり、私は夜にその近所を通るだけで、ひそかにいろいろなことを想像し、ごくりと唾を飲み込んでいたのです。

 

短い、白いスカートを履いた真悠子は、水色のタンクトップの上にカーデガンを羽織り、上品で大人しい印象ながらも、下半身は足を露出してイケイケの若奥様のような、どこか挑発的な、そんなアンバランスな格好をしていました。

時期は6月の始めで、夜になれば、まだ少し肌寒い頃でした。

夜も11時をまわり、早紀が完全に熟睡してしまったのを確認すると、私達はいそいそと、マンションの階段を降りて夜の町の散歩を始めたのです。

 

公園やスポーツの施設があると言っても、民家もまばらで、通勤ルートの駅からも外れているその川原の道路には、驚くほど人が居ませんでした。

私達は、誰もいない川原の広場、野球場や、テニスコートなどの側の土手の近くの道を歩きます。

道路の明かりはあるものの、一歩、二歩、と川原に降りていけば、そこはもう明かりは届かず、昼間はスポーツを楽しむ人々でにぎわうその広場も、夜にはただの暗闇です。

もし、ここで不良少年や、男性のグループに襲われたら。

そう思うと、私は怖くなり、少し心配になりました。

 

でも、内心は、襲ってほしい、どこかでそう思っていたのも事実なのです。

もしここで、男性のグループに目をつけられて襲われれば、私も真悠子も、見知らぬ男性に声をかけたりといった気恥ずかしく、勇気のいることをしなくても、真悠子はそのまま男性とセックスを交わし、私はその様子を目の前で見ることができます。

けれども、襲われたら、私も真悠子も、暴力をふるわれて痛い思いをするかもしれません。

それは、私達の望まないことでした。

 

私と真悠子は、過去に二度、自分たちの意志に反して半ば無理矢理にレイプのようにして真悠子の身体を見知らぬ男性たちの好きにされてしまったことがあります。それも、半分は私がエッチなプレイをしたいと思って真悠子を人気のない場所に連れて行ったことが原因で、身から出た錆なのですが、後から思い出せばそれは私達にとっていちばん興奮する寝取られセックスの思い出です。

しかしその時も私達は抵抗できずに男性たちの言うなりになったというだけで、本当に暴力を振るわれたわけではありません。いくら私達に寝取られの性癖があると言っても、暴力で傷つくのはやはり嫌なのです。

 

私達はずっとその川原を歩き続けましたが、人の姿はなく、何も起こりません。

ホームレスや不良のグループに襲われることもなく、川原の公園のベンチに座ったり、公衆トイレの周りを歩いたり、30分がたっても、誰にも出会わず、当然真悠子の貞操が誰かに奪われることもありませんでした。

それでも私達は、夜の町の、川原のだれもいない公園の暗がりを、そんな場所を二人で手をつないで歩くだけで、意味もなく興奮し、気が付けば私は股間がうずき、興奮した先走りの液がパンツの中にぬるぬると漏れてしまっているのがわかりました。そして、きっと真悠子のパンツの中も、同じような状態になっていたのだと思います。

けれどもその後、真悠子の股間の状態を確かめたのは、やはり私ではなく、私以外の見知らぬ男性だったのです。

 

(後編に続く)

 


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