寝取られ生物学

 

寝取られ、NTRというのは、生物学的に説明が可能なのでしょうか。

動物にとってセックスというのは、常に競争です。
その中でオスの目的とは、女(メス)とセックスをして、自分の子孫を残すことです。

そして、出来るだけ魅力的な「いい女」とセックスをするという目標と同時に、出来るだけ多くの、何人もの女とセックスをする、という命題もあります。

 

メスであれば、出来るだけ魅力的で、そして強い男と結ばれて、より強く、優れた子孫を作る、という目標があるかと思います。

そして、より強い男に守られることで、自分だけでなく、自分の子供たちにも良い境遇が与えられ、繁栄していく、という側面もあります。

 

男にとって寝取られというのは、一見、この生物としてのオスの目標と、まったく矛盾しています。

自分の子供を生んでくれるはずの、かけがえのない大事なパートナー。

その女性が、他の男に抱かれ、セックスをしてしまうことを望んでいるのですから。

私のような重症の「寝取られ愛妻家」になると、妻が他の男性に妊娠させられてしまうことを、心密かに望んでいたりします。(そして、それは現実になってしまいました。)

 

生物にとっていちばんの目標は、自分の遺伝子を残すことです。

なのに寝取られ性癖の私は、自分の遺伝子を残すどころか、妻の身体を他の男に差し出し、他人の遺伝子を残す手伝いばかりしています。

これは、生物として、オス同士の競争に勝ち残るどころか、自ら相手に勝ちを譲る行為です。

 

私のようなモテないタイプの男にとっては、自分の子供を産んでくれる女性は、世界中にたった一人、若い頃に生真面目さだけでアタックして告白し、時間をかけて愛を育んできた妻しかいません。

その世界中にたった一人の妻を、あろうことか他人に抱かせ、見ず知らずの男性たちに女としての妻のすべてを奪われて興奮する私は、男として、というより、生物としておかしいのではないでしょうか。

 

そこで私は考えてみました。

寝取られ、NTRを、生物学的な面から説明できないものかと必死で考え、いくつかの仮説を立ててみたのです。

情けない寝取られ男の意見なので、ご異論もあることでしょうが、どうかお付き合いいただき、皆さんの意見を聞かせて下さい。

 

 

一つめは、

「自分では妊娠させる力がないのでせめて妻の子孫だけでも残す説」です。

これは生物の本能としてはあり得ることではないかと思います。

私達は、不妊治療や不妊検査を受けたことはありません。

それは今更そういった検査に行っても、どのように話してお医者さんに相談したらいいかわからないからです。ましてや妻はすでに一人子供を産んでいます。(父親は私ではありません)

しかし、私には男として、女性を妊娠させる力がないかもしれません。あるいは、その力が弱いのではないかと思います。

まだ若かった頃に寝取られ性癖に目覚めてしまった私は、寝取られ愛妻家として、自分で妻の中に出した回数よりも、妻が他の男性に出されてしまうところを見ながら右手で射精した回数の方が多いくらいです。

しかしそれでも、結婚生活の中で、まったく避妊をしていない状態の妻の中にかなりの回数遂げています。

それでも妻は妊娠せず、妻が妊娠したのは他の男性と交流があった時だけなので、私は自分の男としての能力を疑っています。

もしそれが事実だったとしたら、私は寝取られ夫になるべくしてなったのかもしれません。

妻と恋人として付き合い、結婚して、やがて自分が妻を妊娠させられないことがわかると、私の生物としての本能は、自分の遺伝子を残すのではなく、せめて愛する妻の遺伝子だけでも次世代に残したいと考え、その方向へ性癖をシフトさせていったのかもしれません。

 

しかし、この説は時間的に少し疑問が残ります。

私は妻と大学一年の18歳の時に出会い、そして21歳の時に初めての寝取られを経験しましたので、その2年半の間に私の本能が変化していったと考えると、少し早すぎる気もします。また若い頃であれば、私の男としての女性を妊娠させる能力も今よりあったかもしれません。

ここで浮上してくるのは、妻ははじめから私が男として無能力であることを女の本能でわかっていて、子孫を作るための相手ではなく、自分の世話をしてくれる最適な「寝取られパートナー」として私と一緒になったのではないか、という説です。これについては最後に書きたいと思います。

 

 

二つめは、

「遺伝子の多様性を求めている説」です。

生物というのは遺伝子の多様性を重視します。

それは、画一的な遺伝子ばかりが増えてしまうと、遺伝的に弱く、体質的にも弱体化し、病気にも弱い種族になってしまうからです。

生物が本能的に近親相姦を避けるのもこうした理由からだと言います。

ましてや日本人は島国に住む画一的な民族ですので、より一層、他者の遺伝子を求める傾向があるかもしれません。

ですので、妻との間に自分の子供を作るだけでなく、余所者に妻を抱かせて、違った遺伝子の組み合わせを作る。そしてそのことを本能的に快感と感じる、という説です。

 

けれども、私は多様性と言っても、そもそも妻との間に子供を作っていません。

それに遺伝子の変化という意味では外国人との国際結婚(国際セックス)という方法があるかと思いますが、私は外国人の男性を相手の寝取られにはなぜだか興奮しません。なので単純に多様性という言葉でも説明できないように思っています。もっともこれは、純粋に私と妻の好みの問題かもしれません。

しかし考えてみれば、確かに私と妻も、一人、二人の決まった男性にずっと相手をしてもらったわけではなく、何人、何十人ものいろいろな男性に妻を差し出してきましたので、確かにいろいろな男性の遺伝子のコレクションと考えれば、この説は当てはまっているかもしれません。

 

 

三つめは、

「強い男の子孫を残すという種全体の本能に動かされている説」です。

妻は魅力的な女であると思います。確かに、イケイケのセクシータイプや、テレビに出てくる女優のような美人ではありませんが、なかなかの天然美人で、30代後半になった今でも、清楚な透明感を保ち、顔にはあどけなさが残っています。

そしてその割に、とてもエッチな身体をしています。普段はゆったりとした服装で隠していますが、スタイルの良いスレンダー体形で、出るところはきっちり出ています。そんな妻の身体と、その割にのんびりとした天然で、男性に平気で隙を見せてしまう性格の組み合わせは、間違いなく男の欲望をそそるタイプです。

それに比べて、私はどう見ても魅力的な男ではありません。

ルックスも中の下。体格も貧相で、強くたくましい男性像からはかけ離れています。

性格も内気で気弱、楽しいおしゃべりで女性を笑わせることも出来ません。

そんな私が妻と結ばれて、子孫を残してしまうことは、人類という種全体からすれば、弱い遺伝子を残すことにつながり、許されることではないのかもしれません。

そこで私という一人のオスが子供を残すことよりも、種全体としてより良い遺伝子を残す方向に本能が働き、私は妻とセックスをするよりも、妻が子供を作るためのより良いオスを探す手伝いをさせられているのかもしれません。

 

 

四つめは、

「弱いオスと魅力的なメスというアンバランスな状態の結果説」です。

これは本質的にはさきほどの三つめの説と変わりません。

このブログに掲載された妻の裸の写真を見ていただいた皆さんには、おそらく同意していただけるのではないかと思うのですが、妻は女として間違いなく、Aクラス、上玉と言っていい魅力的な女です。

これは妻の相手をしていただいた男性達の反応や、過去に何度かハプニングバーなどの場所に行った際の妻の人気ぶりからもわかります。妻は天然でおしゃべりは苦手な性格ですが、おしゃべりはダメでも身体の方は大人気になってしまったのです。私達はバーの閉店まで帰ることが出来ず、バーが閉店した後も、妻は朝までカラオケ店のパーティールームで男性たちに愛され続けました。

 

オスとメスをめぐる生物の競争の原理からすれば、自然な状態では、強く魅力的なオスだけが、メスを手に入れます。

ところが、社会のルールに縛られた人間の社会では、この競争は自然の法則どおりには行きません。本能の欲求よりも、婚姻届という紙に書かれた事柄の方が優先されるのです。また、彼氏、彼女、夫婦といった概念も、人間だけが持つ社会的なルールです。

ところが、私と妻の間には、この不自然なオスとメスのアンバランスが大き過ぎました。

その結果、たとえ私達が夫婦であっても、そして妻が私のことを愛していても、妻は私以外の男性に抱かれてしまうのです。それは、妻がメスとして魅力的であり、そのわりに私がオスとしてあまりにも弱いからです。

自分が弱いオスであることを自覚した私は、本能的に、他の男に妻を奪われて離婚するよりは、他の男に妻を差し出してでもそのおこぼれに預かり、妻と一緒にいようとしたのです。

 

 

五つめは、

「自分では得ることの出来ないセックスの快感を妻を通じて得ている説」です。

これも、自分の中では心当たりがあります。

私はセックスが下手です。若い頃から妻とセックスをしても、アダルトビデオのように盛り上がるセックスにはなりませんでした。そして今でもあまり上達していません。

けれども、妻と他の男とのセックスを見るようになってから、私は妻が、他人とのセックスでは大声をあげて感じているのを知ってしまいました。

それは精力やテクニックだけでなく、私と他の男性との股間のモノの違いであることを、私は痛いほどよくわかっています。

 

私は自分では妻を感じさせることが出来ません。

また、モテない私は男として、他の女性とセックスをすることも出来ません。

それでも私の中にはエッチな欲求があり、様々なエッチな行為をしたい、そして妻のエッチな姿をもっと見たいと思っています。

男として無能なぶん、自分一人では決して味わうことの出来ないセックスの快感や楽しさを、他の男性の力を借りて、そしてその男性達に抱かれる妻を通じて味わっているのかもしれません。

 

 

六つめは、

「妻の下半身のアウトソーシングをしている説」です。

妻はエッチな女です。

若い頃に妻と出会った頃は、一見清楚でまじめな妻が、これほど淫乱だとは思いませんでした。

けれども、妻が22歳の誕生日を迎える頃までには、その幻想は粉々に打ち砕かれていました。

初めての浮気の後、妻が私に「わたし本当は、他の男の人に興味があるの」と告げてから、妻は何人もの男性と肌を重ね、そして私が寝取られ性癖に目覚めてしまったおかげで、最終的にその人数は100人近くまで増えました。

それから今までずっと、私はセックスで妻を満足させたことがありません。

私では、妻の下半身を、女としての本能を満足させることが出来ないのはわかっています。

それでも、私は妻と一緒にいたいのです。

ですので、私は妻を満足させるために、妻のセックスをアウトソーシングすることにしたのです。

 

夫と妻の二人では完全ではない夫婦生活は、寝室に他の男性を迎え入れることでやっと満ち足りたものになりました。

部屋の中には裸になった3人の男女。

妻を抱く男、あえぎ声をあげる妻、右手を動かす夫。

これが私達の夫婦の寝室の光景です。

妻は満足し、私も被虐的な快感を得て、夫婦仲は円満です。

新婚時代からずっとおしどり夫婦と言われ、職場の同僚にも「八ヶ岳くんのところは夫婦円満でいいな」と羨ましがられていますが、その夫婦の下半身の実情はこのとおりです。

妻の中には、いつも私以外の男のモノが入り続けていたのです。

 

 

七つめ、そして最後の説は、

「妻の女としてのエゴに操られている説」です。

私は、これが一番真実に近いのではないかと思います。

寝取られ(NTR)は、男の立場から見ると、生物の自然界の法則とまったく矛盾しています。

けれども立場を逆にして、妻の立場から見ると、女として自然界の生き残り戦略にぴったりと当てはまっていたのです。

 

寝取られは、一組のカップルの深い愛情関係があって初めて成り立ちます。

そして寝取られ性癖に目覚めてしまった男は、たとえ恋人が他の男とセックスをしてしまっても、恋人のことを責めることができません。それどころか、そのことを快感に感じて、寝取られれば寝取られるほど、恋人から離れられなくなってしまうのです。

その成れの果てが、寝取られ愛妻家である私です。

寝取られ妻は、ひょっとして他人から見れば、夫の性癖に付き合わされた犠牲者のようにも見えるかもしれません。

しかし少なくとも私達夫婦の場合、はじめに浮気をして、他の男とのセックスを望んだのは妻の真由子の方です。

 

真由子はわかっていたのではないかと思います。

たとえ自分が「他の男とセックスをしてみたい」と言ったとしても、私は真由子から離れられないということを。

その結果、妻は、自分がどれだけ他の男とセックスをしても、変わらずに自分を大事にしてくれるパートナーと、そして他のいろいろな男性とセックスをする自由の両方を得ました。

それどころか、寝取られが快感になってしまった夫は、自分で妻の相手を探してきて、妻の「理想のセックスパートナー探し」に協力しています。

 

自然界においても、人間界においても、強い男、魅力的な男というものは、浮気をするものです。

女性(メス)としては、強く魅力的なオスと結ばれて子孫を残したいものの、そういった男性は自分だけを大事にしてくれるわけではないので、あまり魅力的ではなくても自分だけに尽くしてくれるオスも確保しておく必要があります。

寝取られ夫というものは、その意味で女性にとって都合の良過ぎる生き物です。

真由子は、ひょっとすると最初から、女の本能でそのことをわかっていて、私を恋人に選んだのではないでしょうか。

 

あるいは、付き合い出してから最初の浮気までに2年半。

その間に、私が男としてセックスが弱いということに、女の本能で気が付いて、私のことをセックスして子供を作るパートナーから、セックスは補欠でも自分の世話を焼いてくれる都合のいい男へと格下げし、私との関係を作り変えていったのかもしれません。

 

つまり私は、妻の女としての本能の戦略に操られていたのです。

セックスは他の男として、それでも自分を大事にしてくれる都合の良い男。

それはつまり、女からしてみれば奴隷のような存在かもしれません。

そして確かに、私は妻のおま○この奴隷です。

私は妻の身体の魅力に、妻が他の男性に抱かれる美しさに、そして妻のおま○こに男性のものが出入りするエロティックな光景に、ハートを撃ち抜かれ、逆らうことも、離れることも出来なくなってしまったのです。

たとえ、自分が妻のおま○こに挿入する回数よりも、他の男のものが妻のおま○こに入る回数の方が、ずっと多かったとしても……。

 

(追記:女性には、排卵の時期になるとたくましい男性を好み、排卵期以外や、避妊用のピルによって排卵が抑制されている時は家庭的な男性を好む、という研究結果があるそうです。これは、女性が本能的に、子供を作る相手と、自分の面倒を見てくれる相手を分けて考えているということかもしれません。参照 https://news.yahoo.co.jp/byline/ishidamasahiko/20171204-00078878/ )

 

 

これだけのことを、寝取られ夫は必死になって考えてみました。

真実はわかりませんが、おそらく、ここに挙げたすべての理由が当てはまるのではないかと思っています。

妻は、私という愛する男をキープしながら様々な男と肌を重ね、そしてその中で、妻を夢中にさせた一人の男性が妻と定期的な関係になり、そして実際に妻はその男性の子供を生みました。それは新婚一年目という、常識で言えば夫婦がラブラブであるはずの、一般的に言ってもっともあり得ない時期でした。妻は何人もの男性の中から、紙に書かれたルールではなく、セックスの快感で相手を選んだのです。

それほどまでに女としての本能と、エゴが強い妻のことを、私は自分でも情けなくなるほどに愛しています。

 

妻を愛して、離れられなくなってしまった「寝取られ愛妻家」の私は、たとえ自分が妻と結ばれなくとも、妻が男と結ばれて未来に遺伝子を残す手伝いができればそれでいいと思っています。

それが寝取られ夫の愛の形なのです。

 

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