セックスは誰にでも平等なはずだと言うと彼女は反論し……

 

一年ぶりに真由子が他の男に寝取られてしまい、そのショッキングな事件の後、私は真由子の身体と、男と女の関係について考えました。

一般的に芸術というのは、誰もが理解できる訳ではありません。

高名な画家の抽象的な絵画は、専門知識の無い人達や、芸術的な感性の無い人には、しばしば意味のわからないただの記号でしかありません。

また、私も含め無教養な凡人にはクラシック音楽は眠くなるだけの退屈なものであったりします。

 

女性の体が尊いと私が思うのは、どんな無教養で学問の無い粗野な男性でも、理解する事のできる美しい芸術だからです。

およそ高尚な芸術とは程遠い下品な男性であっても、あるいはどんな極悪人であっても、女性の体の美しさはちゃんと理解しています。そして少し悔しい事に、それはどんな絵画にも彫刻にも優った最も美しい芸術なのです。

有名な芸術家の岡本太郎氏は、自分の作品が美術館に保管されるよりは、人々に直接触れて面白がって欲しいと言っていたそうですが、その意味では女性の体こそ最も優れた芸術でしょう。

どんな粗野な男でも、その美しさの前にはたちどころに魅了されて、抱き締めたり、撫で回したり、揉みほぐしたり、舐めたり、しゃぶったりして、最後には自分の体の一番醜い部分を突っ込んでしまうのですから。

だから女性の体というのは、最も多くの人に開かれた芸術だと私は思います。

 

その意味で言えば、女性という芸術に多くの男性が触れて、多くの男たちがそれを鑑賞するのは、悪い事では無いに違いありません。

真由子が就職先の飲食業界の会社で、4人の同僚によって部屋に連れ込まれ、翌日の昼過ぎまでたっぷりと可愛がられてしまった時、私が持った感情は、その男性達を非難する気持ちよりもむしろ、「そんないい事をして羨ましい」「その場に居られなくて悔しい」というものでした。恐らく、男性ならばほとんどの人は内心では大なり小なり同じ事を思うのではないでしょうか。

 

その夜、真由子の身体を楽しんだ体育会系の男性社員達は、決して上品な男性達でも、誠実な男性達でもありませんでした。

どちらかというと、品が悪く粗野で、無責任な、どこにでもいるタイプの男性達でした。逆に、真由子が誠実で真面目そうな人だと好感を持っていたSさんは、酔い潰れた真由子に下心を持たずに、先に車を降りてしまったのです。

 

真由子の体を好きにできる幸運にありついたのは、その真面目なSさんではなく、今までに新入社員の女の子に何人も手を着けてきたであろう腹黒い先輩社員のMさんと、研修の間から真由子をいやらしい目で見ていたであろう、同期の男性の中でも、真由子自身、どちらかというと苦手だと思っていた3人だったのでした。

彼らは、下心なく降りてしまったSさんと違い、酔った真由子と一緒の車に乗り込んで、なんとか美味しい展開にならないかという下心で最後まで残っていた3人で、つまりはどちらかと言えば心掛けの良くない連中だった訳です。

そんな連中の思惑通りに、最終的に酔い潰れた真由子が先輩社員のマンションに連れ込まれて、彼らと何度もセックスをする事になってしまったという事実が、女性の体というのが他とは違う特別な芸術である事の証拠に思えてなりません。

 

女性の体を楽しむのに、聖人君子である必要はありません。たとえ最低の人間であっても、薄汚い悪人であっても、女性の体を楽しむ事が出来ます。

たとえそれが卑怯な男達の薄汚い劣情であったとしても、女性を抱くための理由としては十分に正しいのではないでしょうか。女性の体は誰にでも開かれた芸術であり楽しみなのですから。

そしてそれは恐らく「いい事」なのです。私が、4人の同僚の男性達によって真由子が抱かれてしまった時に、「くそ、いい事しやがって」と悔しい思いになるのは、それは彼らが下劣な欲望を遂げたからではなく、むしろそれが本当に「良い事」だからでは無いでしょうか。

皆が憧れる「良い事」だからこそ、私達は皆がそれをしたいのです。そこには、人種も頭の良さも、職業や収入も、善悪の違いもありません。そして恋人や夫婦といった事も関係ありません。たとえ盗みに入った強盗と、押し倒された人妻のセックスであっても、男女がひとつになってしまえば、それは「良い事」なのです。そうでなければ、レイプで子供が出来るなどという事があるはずがありません。

 

残酷な事実にも聞こえますが、セックスという行為の素晴らしさは、そこに至るまでの手段をすべて正当化してしまう物のように思います。

例えばこの場合、真由子は最低な上司と同僚達によって、無理矢理に体を奪われ、しかも真由子を抱いた男性は同期の中でも真由子が良い印象を持っていなかった連中でした。

しかしそれで真由子が喜ばなかったかというと、喜んだのです。

真由子は最初のうちこそ泣き出してしまいましたが、途中からは男性達とのセックスに夢中になり、どちらかと言うと苦手だったはずの男性達と、最後には合意の上で何度もセックスをしていたのです。

 

それは男と女は裸になってしまえば引かれ合うものだという単純な真実であり、体を重ね合った者だけが親しくなれるという事実です。真由子は夜更けから昼過ぎまで続いたこのセックスの宴の中で、この4人の同僚の男性達と、下半身で愛を交わし合った恋人として、精神的にも親しくなっていたのです。

真由子はMさんのマンションから、泣きながら出て来たのではなく、昼過ぎまで休みなくセックスした後はマンションの部屋で男性達とコンビニ弁当を一緒に食べて、むしろ男達にちやほやされて照れながら笑って出て来たのです。

私は真由子に聞きましたがこれが真実です。犯罪的に真由子をマンションに連れ込んだ同僚の男性4人の卑怯な行為は許せませんが、男性達は最終的には真由子を気持ち良くさせ、笑顔にさせて出て来たのです。

 

真由子と4人の男性とのセックスに、愛があったかと言えば、私はあったと思います。勿論彼らは真由子を最初から愛していた訳ではなく、共に研修を受けながら真由子を欲望の対象として見ていただけでした。彼らが真由子を抱くという幸運にありついたのは、たまたま研修最後の飲み会の後に帰る方向が一緒だったというだけの理由です。

しかしそれでも真由子が裸になってしまえば、男性達は思い思いに真由子を愛撫して、真由子もその愛撫によって気持ち良くなり、最後には下半身を密着させて何度も何度も愛を交わし合ったのです。

 

最初は乱暴な事を言ったり、下品な言葉で真由子をからかったりとふざけた態度を取っていた男性達は、順番にセックスが始まってしまうと、次第に無口になり、一人一人夢中になって真由子とセックスをしていきました。そしてそのまま、会話も少ないままで、真由子と4人の男性は取り付かれたように休みなく半日以上もセックスをし続けたのです。

その中には無数のキスと無数の愛撫、無数の頬擦りと囁き、無数の抱き合いと舐め合い、そして無数のエクスタシーがあった筈で、それは恋人だとか今日会ったばかりとかに関係なく、男であれば誰であっても女性の美しさの前にはそうやって情熱的に愛さざるを得ないのです。そして女性も、男性にそのように愛されればそれを受け入れるように出来ているのです。

 

ですから、今までにたくさんの男性に抱かれて可愛がられてしまった真由子ですが、真由子の中におちん◯んを挿入した男性との間には、どんな形であれ、真由子が抱かれている間は、全てに愛があったのではないかと私は思っています。

この夜、下心と成り行きによって真由子の体を手に入れた4人の同僚の男性達は、最初の動機は褒められたものでは無かったにしても、最終的には真由子を裸にして、生まれたままの姿の真由子とこんなに素晴らしいお付き合いをしてしまったのです。

 

会社でたまたま同僚になっただけなのに、しかも出会ってほんの数日で、恋人である私以上に真由子と親しくなってしまうなんて。そう思って私は嫉妬します。

でも本当は、セックスには恋人も夫婦も関係ないのです。私は、真由子を騙してホテルに連れ込んだ遊び人であっても、盗みに入った強盗であっても、いったん真由子とひとつになってしまえば、どんな男であれ真由子に自分の子供を妊娠させる資格があると思っています。

 

勿論、この夜真由子がこの同僚の男性達に「良い事」をされてしまったために真由子が会社の中で不利益を被ったのは事実であり、こうした会社内の俗悪な文化によって真由子が体を奪われたのは許せません。しかし、彼らが真由子と体を重ねて愛を交わしてしまった事実そのものは、否定できないのです。

 

セックスは人を差別しません。

だからこそ真由子は、たくさんの男性に愛されて、たくさんの男性の愛を受け入れて来たのだと思います。

真由子は私にとって何より一番美しい芸術品です。

たくさんの人に、見て、触って、味わって欲しいと思ってしまいます。

 

しかし、真由子は、私がこの事を話すと、反論と共に、さらに意外な事を言ったのでした。

 


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