ランド対バサム その時何が起きたのか

女王ノーシアをイメージしたサービスフォトということで…

 

ご好評を頂いております「覇王の国の寝取られ女王」ですが、

物語の中に出て来る印象的なシーンとして、ランド対バサムの対決シーンが挙げられるかと思います。

 

いわば大ボスである覇王とのラストバトルを前にして、最上階である天守閣十二階のひとつ下、十一階において、本編の主人公の一人であるランドと、敵ボスの腹心であるバサムが出会い、戦うわけですが、

このシーンは本作で唯一のギャグシーンとなっており、幾分シュールな展開の中で戦いが進行します。

クライマックスの直前に、突然このような不条理とも言えるギャグシーンが挿入されることで、戸惑う読者の方も多いかと思います。

 

現に作者である私も、このシーンを書いた時には「なんでこうなるんだ」と戸惑いました。(同時に笑いが止まりませんでしたが) しかし、今ではこのシーンは必然性のある重要なメッセージを込めたものであると納得しています。

そこで、この「ランド VS バサム」のシーンについて、作者からの解説を提供したいと考え、今回筆を取りました。

 

まずは前提としまして、この『覇王の国の寝取られ女王』という物語は、「エロゲ」の世界観の中で展開されるお話である、という設定上の事実があります。

時代設定が戦国時代でありながら、西洋風の文化風俗を持つ国があったり、その当時には存在しないアイテムがいくつか出て来たり、またそこに住む女性がやたらと美少女だったり、戦士が人間離れした強さを持っていたりと、「ゲームの中」ならではの現象が各所に見られます。

そして「エロゲ」である以上、主要な女性キャラは遅かれ早かれ服を脱がされ、エッチシーンを見せることになります。

 

この「覇王の国の寝取られ女王」は、そんな「エロゲ」の中の不条理な世界の中で、それでも懸命に生きるキャラクターたちの物語なのですが、その中で、この世界の仕組みや成り立ちについて、作中のキャラクターでありながらある程度認識し、察している人物が何人か存在します。

「山の神」が欲望に満ちた男神であり、その要求が不条理であり残酷であることを、『不死の山』の儀式を通じて知ったゼンド、また山賊をやりながら独自の調査を進めることで、同様に「山の神」の要求するものが「男の欲しがるもの」であると看破したロッド。またこの二人は『北の山』の要求する生贄が処女であるのに対して、『不死の山』が欲しがるのは人妻と、山によって儀式の「ジャンル」が違うことも理解しています。

この二人はこのゲームの世界観の中に生きながらも、その成り立ちにある程度迫った人物と言えるでしょう。

 

しかし、ランドとバサムの二人は、より本質的なところで違った視点に立ち、この世界を俯瞰しています。

それは調査というよりは、作中の立場上、いつの間にか察していた、という性質のものです。

 

たとえばバサムは本作においてはコメディ役、突っ込み役、解説役などを担っているキャラクターですので、上司である覇王の言動や、作中の出来事に対して、「(現実からすれば)それはおかしいですよ」と指摘することが出来るわけです。

同様の理由で、作中の発言の中でも、プライド、パンツ、ストライクゾーン、等、戦国時代の設定では使用出来ない言葉をいくつも発しています。

バサムは同時に変態キャラとして数々の女性キャラを陵辱しますが、女王国陥落の際にも「これだから戦国時代はやめられない」等と発言し、どちらかと言えば自分がこの不条理なエロゲの世界の中で生きていることをエンジョイしている様子が伺えます。

つまりバサムは役割上、この「ゲーム」の中の世界観から一歩外にいる存在なのです。

 

またランドにも同じようなことが言えます。

彼はチート的な強さを持った主人公キャラですが、その自分自身のあり得ない強さゆえに、この世界そのものの成り立ちについて疑問を持ち、また女王国の文化風俗についても他国と比べて「客観的に見てあり得ない」ということに気付いたのだと思われます。(ビールだけは有り難がって飲んでいますが)

ミツカとの会話の中で「女王国には計り知れない何かがあり、周囲からは切り離された世界である」という持論を披露したところから始まり、

「自分は別に努力して強くなったわけじゃない」と、自分がゲームのシステムによってたまたま強い数字を割り振られただけの存在であることを認識しているような発言をし、「そんな奴が他にもいても不思議じゃない」と、敵である覇王がボスキャラゆえのチート的強さを持っていることを見越しています。

また酒場でミツカに殴られた時に「あらかじめ書かれていたから避けられなかった」と発言したり、最終戦の前にも「そこに死ぬと書かれていれば死ぬ」と発言するところから、自身の行動および運命が、あらかじめ書かれたゲームのシナリオに従ったものであることを認識している様子が伺えます。

ランドはそんな世界観に生きることに嫌気が差し、何事にも消極的な人生を送ってきたわけですが、「この世界に生きてる限りは、嫌でもそいつと付き合っていかなくちゃいけない」と、最終的には腹をくくります。

 

自分たちが不条理なゲームの世界観の中に生きていることをどこかで理解しているバサムとランド。

そんな二人が出会った時、通常のテンプレート通りの戦いになるはずがありません。

小田野原城の十一階で、この二人が出会った時、二人の周囲でゲームの登場人物たちによって作られていた予定調和は崩れ、この二人は一時的にゲームの世界観から解放されたのです。

つまりこの場面においてのみ、二人はあらかじめ書かれていた「脚本」から逸脱する自由を得ることになったのです。

 

そして、その結果が本編に描かれた対決です。

本来、この場面において用意されていたシナリオは、バサムが念動力者であるランドを倒すための瑪瑙の弾丸を使ってランドを撃ち、しかし「二つの山の神託」を持つランドがそれを見事に受け止めて防ぐ。

そしてランドがバサムを殺すのではなく足を斬って放置することにより、「今まで自分が苦しめてきた人々の分まで苦しめ」という決めゼリフを吐く。

というものです。

 

しかし二人はこのシナリオから逸脱し、まったく関係のない会話を交わした上で、ランドは戦わずに通り過ぎようとします。

会話自体はほとんど成り立っていないのですが、ランドはバサムに対して、「自分と同じような境遇を持っている」といった仄かな親近感を覚えます。おそらくは、バサムの側にも同じような感覚があったであろうと思います。

 

しかし、ゲームである以上、決められた要素を達成しなければ次の場面には進めないので、去ろうとした際にランドはゲームのシステムからの無言の圧力を感じ、「お前の足を斬らなきゃいけない」と言ってバサムに斬り掛かります。

そのことで同時にバサムも自分が本来取るべき行動を思い出し、事前に描かれていた「瑪瑙によって念動力を無効化する」という伏線を回収すべく、順番こそ逆になりますが、痛みにのたうち回りながらも必死に瑪瑙の弾丸の入った銃を撃つのです。

 

こうしてあらかじめ決められた要素を満たし、伏線を回収した後、ランドは再び素に戻り、バサムに向かって「ありがとう、助かったよ」と発言します。

そして「また後でな」とも言っています。

おそらくこの時点でランドは、次のシーンである覇王とのバトルで再びバサムが登場し、自分を撃つであろうことを認識しているのではないかと思います。

 

この十一階の戦いにおいて二人が一時的にゲームの脚本から自由になれたのは、この二人が閉ざされた空間に二人きりで居たためです。

しかし、階段を上って最上階に上がれば、覇王とのボス戦になり、ランドは自分がシナリオ通りの言動しか出来ないであろうことを察知しています。ここまでのシナリオの流れから、彼は自分が覇王戦で死ぬことになっている事は十分に予想していたでしょう。

現実に、天守閣最上階では、ランドと覇王のテンプレート通りの「いかにも」な戦いが展開されます。

 

しかし例えわかっていても、ランドにはそこに留まるという選択肢はありませんでした。

それはゲームのシステムがそうなっていたから……ゲホゲホ……たとえ不条理なゲームの世界観の中に生きていたとしても、ランドには愛するミツカの気持ちを確かめ、その幸せのために自分の身を捧げたいという想いがあったのです。

おそらく彼の気持ちはミツカに伝わったのではないかと、作者としては考えています。

 

といった次第で、作者渾身の力を込めました寝取られ大河ドラマ「覇王の国の寝取られ女王」、
小説という地味なジャンルゆえ、FANZA様ではスローな出だしではありますが、ゲーム化、アニメ化に向けて売り上げを伸ばして行きたいと思っておりますのでw

ぜひよろしくお願いいたします。