何人もの男に妻がヤられる絶望

寝取られ愛好家の中には、複数プレイを好む人が多くおられます。

かく言う私もそうです。

色々な状況で、妻が二人以上の男性を相手にSEXしてしまうことに興奮してしまいます。

 

複数寝取られは一度体験すると忘れられません。

愛する妻が、何人もの男達にもてあそばれ、かわるがわる犯されていってしまう。

それは、夫にとっても、妻にとっても、忘れられない強烈な体験として、被虐的な快感が身体に刻まれてしまいます。

 

複数でのセックスは激しいものになります。

妻の身体に男たちが群がり、何本もの手が伸びて、奪い合いのようにして彼女の身体が貪られます。

一人が彼女に挿入し、足を抱えて腰を振っている間にも、もう一人の手が彼女の胸をもみしだき、もう一人は唇を奪っている。

一番乗りで挿入した最初の男が射精し終えると、今度は別の男が挿入し、さらに激しく腰を振ります。連続するクライマックスに彼女は一人の男とのセックスではあり得ない、とんでもない快感を感じてしまうのです。

 

何度も中出しをされた彼女のおま○こはぐちゃぐちゃになり、白い粘液が股間から太ももまでべっとりとこびりつきます。

そしてその様子に興奮して、一度射精を遂げた男性もまた復活し、競い合うようにして、彼女の中には一晩で五回、六回、七回と射精が遂げられます。他の男が彼女を犯すシーンを見ることで、連鎖反応のようにして興奮が持続し、果てしなくセックスが続いていくのです。

 

それを見守る夫は、何人もの男によって妻の中に遂げられる射精の連続に、言いしれぬ嫉妬と絶望を覚えます。

我慢ができずに自分も妻に挿入しようとしますが、ほとんどの場合、夫は後回しにされます。たとえ挿入したとしても、他の男達の出していった精液によってぬるぬるにヌメり、ヤられまくって緩くなってしまった妻のおま○この感触にさらなるショックを受けるだけの結果に終わります。

この連鎖反応のような興奮と、果てしなく続くセックスの連続が、複数寝取られの醍醐味なのです。

 

 

複数SEXが激しいのは、それが競い合いであり、奪い合いだからです。

数人の男性に乱暴に扱われて、しかしかえってその乱暴なセックスにいつも以上に感じてしまう彼女。彼女の身体は男達によって奪われ、奪われ、一晩中奪われ続けます。

奪われることが快感になった寝取られ性癖の夫婦にとって、複数セックスは禁断の快感なのです。

 

現実のプレイにおいては、男性たちの満足と、妻の身体の限界、そしてそれを見守る夫の鑑賞のしやすさを考慮し、妻を犯す男性の人数は、3人か4人が限度でしょう。3人もの男性を相手にセックスが盛り上がってしまえば、朝が来る頃には妻のあそこは限界を越えて痛みを感じているはずです。

けれども、それ以上の多人数の男に囲まれ、男性たちに阻まれて妻に触れることも、見ることも出来ず、自分だけが蚊帳の外に置かれるというのも、寝取られマゾの被虐的な快感をそそります。夫は完全に蚊帳の外におかれ、その疎外感を感じながら、男達が順番に妻と深い仲になっていってしまうのを、指をくわえて見つめるのです。

大勢の男性に妻が囲まれてしまった際の絶望感も、格別なものがあります。これほどの人数にこれから妻が好き放題にされ、女として確実に奪われ、妊娠させられてしまうという本能的な絶望。その事実を突き付けられた時、寝取られ夫の背筋にはゾクゾクと得体の知れない感覚が走り、へなへなとその場にしゃがみこんで動けなくなってしまうでしょう。

 

一人の男性に濃厚に寝取られるのもまた、嫉妬を誘います。

相手の男性と深く長いキスをして、恋人のように抱き合い、相手を受け入れてしまう彼女。

感じさせられて夢中になり、男性の背中に手をまわして、可愛らしくあえいでいる彼女。

どちらも、たまらない光景です。

 

しかし、3人以上の複数の男性にヤられてしまう体験は、犯罪的な興奮を伴い、背筋が震えるほどのスリルがあります。

複数の男性にまわされる妻の姿を見ていると、女というものは本来、こうして複数の男を相手にするように出来ているのだと思い知らされます。それは本来、人間は原始時代から、複数による乱交セックスが基本だったからでしょう。

私達夫婦が寝取られ続けているのも、そうした原始時代からの乱交を求める本能の名残りなのでしょうか。

いくら妻が私のことを愛していると言っても、彼女は夫一人を相手にするよりも、何人もの男を相手にする方が何倍も喜ぶ、それが事実なのです。

 

私達夫婦は4人以上の男性を相手の経験は数えるほどしかありませんが、ぜひまた、こちらの輪姦学校さんのようなグループでの集まりに参加し、さらなる寝取られの快感を体験したいものだと思います。