裸になると残酷な真実を突き付けられる
セックスというものは本能です。
動物としての本能で、人間の中にプログラムされた、子孫繁栄のための機能です。
種の保存に関わる大切な本能なので、それは人の気持ちとは関係なく、自動的に、半ば強制的に反応します。
男であれば、たとえその気がなくても、エッチなものを見れば股間が自動的に反応してしまいます。
偶然見えたパンチラ、肌の露出したセクシーなドレス、アイドルの水着のグラビア。
それが見知らぬ女性であっても、そのような光景が目に止まるだけで、悔しいくらいに股間が反応し、勃起してしまう。
これは当たり前の事です。本能とは自動的なものですから。
しかし、大切な女性を寝取られる時、寝取られ夫はこの当たり前の本能が、いかに残酷なものかという事を思い知らされます。
大切な女性が、愛する妻が、愛しい恋人が……何人もの男に囲まれている。
そんな光景。
それは異様な光景です。
場所はどこでも構いません。シチュエーションもさまざまです。
陰キャの自分が、学校の不良達に絡まれ、せっかく仲良くなった彼女を奪われる。
夜のデートの最中に襲われて、ミニバンの中に連れ込まれる。
上司や同僚に言い包められ、酔い潰れた妻が、旅館の大部屋の布団の上に寝かされている。
あるいはお互い納得のはずのプレイで、後悔を感じつつも、ホテルの一室で、ブラウス姿の彼女がベッドの上に座らされている。
一人の可憐な女性を、何人もの男が取り囲んでいる様子は、それだけでどこか淫靡です。
そして男達の手が伸び、女性の身体に触れていく。そして女性の衣服は、次第に乱され、脱がされて行きます。
そんな光景を見れば、誰だって興奮します。
男だったら自動的に興奮し、自分もその輪の中に加わって、女の身体に手を出したいと思うでしょう。
その場にいる男は5人。その5人が、全員欲望を感じて顔を歪ませ、「ひひひ」と笑って、目の前の女を好きにする喜びで一杯になっています。女が美人であれば尚更のこと。男にとってはそれは天国です。
しかし、その部屋の中で、一人だけ、天国ではなく地獄を味わっている人間がいます。
それは、その女の夫です。または恋人です。
男達が皆、大喜びしているのに、夫だけは様子が違います。
部屋の隅で、ショックを受け、悲しみで一杯になり、今にも泣き出しそうになっています。
その理由はもちろん、ベッドの上で男達に囲まれている女性が、自分の大切な女性だからです。
動物として、子孫繁栄の法則を考えてみればわかります。
彼女を取り囲む5人の男にとっては、これは降って湧いた幸運です。
普段付き合っている「自分の女」とは別に、他人の女と都合よくセックスして、もしタイミングがよければ、5ぶんの1の確率で自分の子孫を残せるのです。
しかし夫(彼氏)にとってみれば、彼女を女として奪われ、自分の子孫を残す確率がゼロとなるのです。
ゼロではなかったとしても、第一子を他人に奪われ、彼女が第二子を産んでくれるのは何年も後になります。もし中絶をしたとしても、それが原因で彼女は子供を産めない身体になるかもしれないし、寝取られたことで二人の関係が壊れてしまうかもしれません。
目の前で大切な女性を寝取られる男は、男としていちばん情けない、哀れな立場です。
絶望のどん底に突き落とされ、ショックと嫉妬と悲しみで、どうしたらいいかわからなくなります。
しかしそんな場合でも、男として自動的に股間が反応してしまう。
そこに例外はないのです。本能による、自動的な反応なのですから。
女の裸を見れば、股間が勃起してしまうのです。
目の前で展開されるエッチな光景に、股間が反応します。
裸で胸を舐め回されるエッチな姿をした女を見れば、チ○ポが立ってしまうのです。
たとえそれが、自分の妻であっても。
その妻を囲んでいるのが、憎い男達であっても。
夫を含めれば、その場にいる男は6人。
その6人全員が、興奮しています。
6人全員が、女の裸を見て、チ◯ポをおっ立てています。
肉体的には、全員同じです。何ら違いはありません。
その中で一人、女の夫だけが悲しんでいます。他の5人は大喜びです。違いはそれだけです。
違いはもうひとつあります。
5人の男の勃起したチ◯ポは、やがて女の中に入ります。
けれども夫の勃起したチ◯ポは、女の中には入れません。自分の妻なのにです。
女性の夫である寝取られ男は、奪われる立場なので、妻を囲む男達の輪には入れないのです。
やがてどうしようもなくなり、夫は自分の勃起したチ◯ポを右手でしごくしかなくなります。
自動的にそうなるのです。
悲しくても関係ありません。夫婦でも関係ありません。めちゃくちゃエッチなセックスを目の前で見せられたら、男は勃起してしまうのです。
全員が裸になります。
6人の男も、一人の女も、全員です。
男と女が密室にいるのですから、やがて自然とそうなります。
妻の身体に触れることのできない夫も、結局は裸になります。
どうしようもなくなり、一人オナニーを始め、やがて下半身裸となり、やがて熱くなって上半身も脱いでしまいます。
なぜ熱くなるのか、それはベッドの上で、自分の妻と5人の男が激しいセックスを繰り広げているからです。男と女の体がぶつかり合い、室温が上昇します。そしてそれを見ている自分も体が熱くなってきます。泣きべそをかいて、涙と鼻水を流していますが、股間の勃起は収まりません。男に抱かれる妻の裸を見つめ続け、夫は何度も何度も、繰り返しオナニーして射精します。
6人の男と、1人の女。
ひとつの部屋で、同じ場所で。
裸になってしまえば、皆が同じです。
男は平等に勃起し、一人の女と順番にセックスを交わすのです。
いや、平等ではありません。夫だけがショックを受け、精神的に弱っています。
裸になり、セックスが始まってしまえば、夫は自分が特別でないことを思い知らされます。
たとえ自分が彼女の法律上、社会通念上の夫だとしても、男としては、自分は特別でも何でもないことを思い知らされるのです。
そして、妻もごく普通の一人の女に過ぎないことを思い知らされます。
関係ない他人のはずの5人は、皆平等に、女としての妻を感じさせ、喜びの声をあげさせることに成功します。
それは普段の自分とのセックスと比較しても、大きな喘ぎ声です。
そして夫は、男としての平等な競争の場に立てば、自分は妻にとっての特別なナンバーワンではないことに気付かされます。この場に限れば、むしろ6人中の6番目。ドンケツの立場です。
この裸というセックスの現実において、夫は、自分は妻にとっての、その他大勢の一人の男である事実を突き付けられるのです。
夫は泣きながらこの事実を受け入れます。そしてこの現実を受け入れると同時に、憎い男達に許しを乞い、輪の中に加わって、自分の妻とセックスをするでしょうか。
憎いやつらに彼女を奪われたけど、それでも自分も彼女とセックスがしたい。そうやって本能に屈服し、輪の中に加わってセックスの順番に混ぜてもらうのでしょうか。
夫にとって、それはこれ以上ない屈辱です。
本来、自分だけのもの、100パーセント自分の女だったはずの妻。
それなのに、他の5人の男たちに混ざって、順番待ちをして入れさせてもらうのです。
彼女が自分の子供を妊娠する可能性は、6ぶんの1。
いや、現実にはそれ以下でしょう。
他人の女を奪い、興奮しまくって何度も彼女の中に射精を繰り返す5人の男達。
それに対して、夫は精神的なショックで、普段どおりのセックスができないかもしれません。彼女が皆にヤられる光景を見せつけられている時は嫌でも立ったのに、いざお前の番だと言われて足を開いた妻を目の前にすると、動揺して立たなくなってしまう。そんな寝取られ男の心理を、私も実体験でよく知っています。
もしうまく勃起して妻の中に入ったとしても、すでに夫はオナニー射精を繰り返して、精子タンクは空っぽになっています。他人の女を奪う興奮で、普段以上の量の精子を注ぎ込んでいる他の5人に比べたら、その数は圧倒的に少なくなります。乱交となった一晩のセックスで、たとえその中に混じれたとしても、夫が妻に自分の精子を届けられる確率は、悲しいほどに小さいのです。ほとんどの場合には、妻の卵子は、夫以外の精子によって命中させられてしまうでしょう。
セックスはすべての人に平等。
欲望があれば、裸になって輪の中に飛び込み、男は気持ちいい思いができます。
女の身体は、すべての男を平等に受け入れます。
しかし、寝取られた夫だけは、その平等な輪の中に入れないのです。
その不平等、不条理の中にこそ、寝取られの醍醐味が隠されています。