寝取られはの本質はストーリー

私、八ヶ岳昌司は寝取られ愛好家です。
妻を一途に愛する愛妻家ではありますが、そのかけがえのない妻を数々の男性に奪われてきた寝取られ愛妻家でもあります。

寝取られの本質は、ストーリー、つまり物語の中にあると私は考えています。
人妻が他人とセックスしても、それは単なる不倫であり、一組の男と女の間で行われるただのセックスに過ぎません。

しかし、そのセックスが起きるまでの背景として、恋人同士の純愛関係があるからこそ、寝取られは意味を持ちます。
時間をかけて結ばれた恋人同士、そして夫婦の関係があるからこそ、その関係をすべて壊してしまう寝取られセックスは、単なるセックス以上の意味を持つのです。

切ない純愛のストーリーがあるからこそ、夫を(彼氏を)裏切って他人に抱かれてしまう妻の裏腹な行動の不条理さが生きてきます。そして、純愛の美しい物語があるからこそ、彼女の肉体が無理矢理に他人に奪われてしまう悲劇が引き立ちます。

寝取られはストーリーであり、その本質は物語にあります。そして寝取られとは単なるセックスではなく、寝取られた夫婦の心理状態の中にあるものです。その複雑な心理状態と、裏腹な快感こそが寝取られの絶対的な定義です。

私、八ヶ岳は、自分の愛する妻であり恋人である真由子を、多くの男性に寝取られてきました。
それらの出来事は偶発的に起こり……やがてそれが被虐的な快感となってからは、お互いのどうしようもない性癖となり合意のプレイという形で他人に妻を抱いてもらい……また、真由子は性的に奔放な隙だらけの女性ですから、何度も何度も他人に手を出され、その度に真由子はあっさりと抱かれてしまい、相手にすべてを許してしまいました。多くの場合にはそれはやがて夫公認の関係となり……真由子の女性としての身体は、いつしか他の男達との共有となって……仲の良いおしどり夫婦と言われながら、妻の真由子の股間には、常に何人もの男性が自由に出入りしていました。

その切なさを、やるせなさを、そして、それでも妻をあきらめられず愛してしまうという裏腹の感情を、私はいつしか物語の形にして綴り、寝取られの心理状態を小説の中に書き記すようになりました。

妻がヤられてしまったシーン、若い頃に他人にもてあそばれてしまった真由子の姿、結婚前の記念のプレイ、新婚時代のプレイ、そして結婚後も時折見せてもらった浮気の寝取られセックス……真由子が他人に寝取られて、夢中になってセックスをしている姿を、私は写真に、ビデオに、撮影して何度も記録しています。

それらは私にとって大切な記録です。
そういった個人的な記録を、映像や写真の形で皆さんにお伝えすることも快感と思います。
それは間違いなく、私達夫婦の純愛のストーリーが生み出した真実の寝取られだからです。

しかし、私は寝取られの本質は物語だと考えています。
だからこそ、寝取られの本質である心理状態、それを体験するためには小説が最も本質に近いと考えて、私は何作も寝取られ小説を書き続けてきました。

最近はあまり頻繁に作品を発表出来ていませんが、まだまだ書いていきたいと思っています。

しかしその前に、私達夫婦の寝取られ人生の総決算として、妻を最後まで愛していただける男性、妻の本命の恋人になっていただける男性を探すのが先決でしょうか。
夫婦共々に、そんな出会いを心待ちにしていきたいと思います。